女人禁制と性同一性障害
同意できない点をまず2つあげる。
内田は、まず「天川村への質問書」への口を極めた批判を、例えばこんなふうに述べる。
《ここに横溢するのは「他人を見下した態度」である。よほどの不快感を覚えたのだろうが、何もそこまで言わなくても…と思う。
あるいは、口達者な中学生が寡黙な同級生を取り囲んで「笑いもの」にするときの病的な執拗さにも似たものである。》
私には、それほどの嫌悪感はなかった。
確かに、《伊田さんという大学の先生》が起草したという文章はお粗末だと思うし、どちらかといえば「幼稚」という印象と言ってよく、その「幼稚さ」が《他人を見下した態度》に感じられるのだろうか。
だが、相手が理解し難いと思える内容を、何とか理解できるようにしたいと願う時、人は必要以上に「噛み砕いて」、時には子どもに噛んで含めるような「文体」を採用することもあるのではないか。
私は、そのように好意的(?)に理解した。
私が内田に同意できないのは、「批判の仕方が間違っている」から「批判そのものも間違っている」と受け取られるような「批判の仕方」である。
「文体」がふさわしくないからと言って、「問題にしようとしていること」自体を否定するかのような批判には違和感がある。
2つ目は、性同一性障害は「性的禁忌」であるのかどうか、という点である。
《「女人禁制」は「聖なるもの」についての禁忌である。「女人禁制」が「性的禁忌」であることは確かであろうが、性同一性障害者がその「性的禁忌」に抵触する、という根拠はどこにあるのだろうか。
性的禁忌は「聖なるもの」を守るために採用された擬制である。
擬制であるということは、その人類学的機能を果たすものであれば、「なんでもいい」ということである。
とりあえず人間たちの共同体では「聖なるもの」への畏怖をあらわす社会的みぶりとしていくつかの禁忌を列挙した。
選ばれたものは世界中どこでもそれほど変わらない。
禁忌となるのは人間たちの世界に「いさかい」や「競争」や「嫉妬」や「羨望」をもたらすものである。
「聖なるもの」は共同体の紐帯を強めるために制度化されたものであるから、禁忌の対象として、共同体を解体しかねない力をもつものが選ばれる。
だから、「欲望」(性欲、食欲、物欲など)を解発する力をめぐって禁忌が構築される。
儀礼において最優先するのは「聖なるもの」に対する畏敬の念であり、それに尽くされる。
性的禁忌が「聖なるもの」を強化し、共同体の紐帯を強める上でどれほど有効であったのか、私にはよくわからない。他の全ての条件を同一にして、性的禁忌のみを解除した場合に「何が起きたのか」を知る方法がないからである。》
「天川村への質問書」がクドクドと述べているのは、たぶん「その点」なのではないか。
「生物学的」な男性を、「女人」と見做す根拠を示さなければなるまい。
そうでなければ、「境界線上のアヤシイ者」はすべてひっくるめて「性的禁忌」に入れてしまえ、ということになる。
結界がつくられた時代には「性同一性障害」というような概念がそもそもなかったのだから、それは当然のことなのであって、もともとはなかった「新しい禁忌」を今になって作ろうとしているところに無理が生じている。
だとすれば、その「新しい禁忌」とは何か、と問うのは当たり前であって、人類学的な「性的禁忌」をいくら強調しても、矛盾は少しも解消しない。
《世界には無数の「陋習」があり、無数の性的禁忌がある。繰り返すが、「性同一性障害」を「女人」と見做す「陋習」は存在しない。
そのひとつひとつに向かって「愚かな真似はやめなさい」と告げて回ることそれ自体が「啓蒙的」な実践たりうると私は思わない。
「啓蒙的」であるためには、つねに「陋習」に代わる、より汎用性の高い、より実効性のある別の「擬制」を提示しなければならないと思うからである。》
それを「陋習」と言うのなら、「新しく作られた陋習」以外にはありえまい。
そんなものを「陋習」と呼べるのかどうか。
「女人」を差別する「陋習」が「愚かな真似」ということが問われているのではなくて、もともとなかった「禁忌」を勝手に「新設」しようとするところに「愚かさ」がある、と彼らは問うているのではないか。
《この入山運動にかかわったサイトが「炎上」中である。「炎上」中である、という意味が私にはよく分からないが、たくさんの「書き込み」やバッシングに満ちているという意味なら、確かにそのような状態になっているようだ。(今日、これを書くためにアクセスしてみると既に閉鎖されていた。)
私はそれを当然だと思うと同時に、困ったことになったと思う。
フェミニズムはいま末期的状況にある。》
そのような状態を、私は「当然だ」とは思わない。
「困ったことになった」というのは、この「質問書」のことを指しているのか、「強行登山」のことを指しているのか、その両方を指しているのか、あるいは、問題の「本質」とは違うところで「ふさわしくない文体」を採用したことを指しているのか、フェミニズムにとって「戦略的失敗」があったということを指しているのか、よく分からなかった。
閉鎖に追い込まれたサイトの「炎上」よりも、バッシングに参加した大部分の人々の「炎上」のほうが私には不穏に思える。
内田の表現を真似れば、彼らは「修験道」のことも、「性同一性障害」のことも、「差別」のことも、一度も考えたことのない人々ではないのか。(全員がそうだと言うつもりはない。総じて、というくらいの意味である。)
「性的禁忌」が「聖なるもの」と結びついた「擬制」であるという人類学的な知見には私も同意する。
例えば、中世以来の「賤民」には、特別な「聖」的な役割が同時に与えられてきた事実も、人類学的には同じ構造があると言えるのだろう。
だが、この「賤民」に対する「穢れ」感が、現代の「差別」にも利用されていることは紛れもない事実である以上、いくら人類学的な知見が「正しく」ても、そんな「正しさ」は有害無益なものでしかないのではないか。
いくら「陋習」が「擬制」であったとしても、《より汎用性の高い、より実効性のある別の「擬制」を提示》することを、「差別されている側」に要求するかのような論議は、私には疑問である。
なぜなら、「差別」の問題は、「差別されている側」の問題ではなくて、「差別する側」の問題だからだ。
【関連した過去の記事】
2004年7月8日号「ユネスコ世界遺産は「女人禁制」」
【内田樹関連記事】
2006年4月16日号「内田樹vs釈徹宗live対談『現代霊性論』──(1)」
2006年2月27日号「内田樹『知に働けば蔵が建つ』──(3)靖国問題」
2006年2月25日号「内田樹『知に働けば蔵が建つ』──(2)「日の丸・君が代」
2006年2月21日号「内田樹『知に働けば蔵が建つ』──(1)大衆社会とは」
2005年12月19日号「内田樹『街場のアメリカ論』」
2005年12月7日号「内田樹講演会『学びからの逃走・労働からの逃走』──(2)」
2005年12月2日号「内田樹講演会『学びからの逃走・労働からの逃走』」
2005年10月14日号「内田樹・春日武彦『健全な肉体に狂気は宿る──生きづらさの正体』
2005年9月9日号「内田樹「史上最弱のブロガー」」
2005年6月26日号「内田樹・名越康文『14歳の子を持つ親たちへ』」
2005年2月7日号「チアン先生はえらい !」
2004年12月28日号「キース・ジャレットの単音」
2004年11月9日号「身体感覚と時間のコントロールについて」
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コメント
こんにちは。
私もそこに書かれている病気もちなんですけど、参加したごく少数の人以外は、ほとんどが批判的で、
「伊田という三流学者の売名に悪用された」
と思っています。入山を拒否されていない「男性」が、運動をリードすることがそもそも矛盾ではないでしょうか。つまり、彼にとっては、「騒ぎ」を起こすこと自体が目的になっているのです。
なお、伊田氏については、フェミニズムの学者からも辛辣な批判が浴びせられていることをお知らせしておきます。
http://d.hatena.ne.jp/discour/20060425
投稿: tn | 2006年5月 3日 11:19
突然申し訳ございません。ご興味を持たれるであろう団体・個人のサイトにお送りしております。いらしていただけますと幸いです。よろしくお
願い致します。
オフィス然nature 第二回講演会
「性同一性障害と戸籍」
講師/大島俊之(九州国際大学法学部教授 弁護士)
針間克己(精神科医)
日時/4月6日(日)13:10開場13:30~16:30
場所/総評会館 (地下鉄千代田線「新御茶ノ水駅」B3出口目の前)
参加費/1000円
<事前申込制>メール/ftmjapan@mve.biglobe.ne.jp
FAX/03-5851-0431
大島俊之(おおしま としゆき)・・・九州国際大学法学部教授。弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同、大阪弁護士会)。大阪大学法学部卒。法
学博士。大阪府立大学の専任講師、助教授、神戸学院大学の法学部教授、法科大学院教授を経て、現職。カナダ首相出版賞受賞(1999年)尾中
郁夫・家族法学術賞受賞(2003年)。GID「性同一性障害」学会理事長。主要著書に『Q&A 性同一性障害と法律』(晃洋書房、2001
年)、『性同一性障害と法』(日本評論社、2002年)。『Q&A 性同一性障害って何?』(緑風出版、共著2003年)、『解説性同一性障
害者性別取扱特例法』(日本加除出版、2004年)。
針間克己・・・東京大学医学医学科卒業。東京大学医学部大学院博士課程修了。医学博士。日本性科学学会幹事長。性同一性障害研究会理事。日本
精神神経学会「性同一性障害に関する委員会」委員。Harry Benjamin International Gender Dysphori
a Association会員。専門:セ精神医学、性心理障害。著書:『性非行少年の心理療法』(有斐閣)、『一人ひとりの性を大切にして生
きる』(少年写真新聞社)、『Q&A 性同一性障害って何?』(共著、緑風出版)、『私たちの仲間』(訳著。緑風出版)ほか多数。2008年4月
「はりまメンタルクリニック」(千代田区神田小川町3-24-1-102)開院予定。
★講演によせて・・・
・ 性同一性障害特例法が施行されてから、すでに3年が経過しました。この特例法によって、多くの当事者の皆さんが、法的に望みの性別表記を
獲得され、幸せな生活を始められています。しかし、その一方で、特例法の規定する要件をクリアーできないために、性別表記の変更を実現するこ
とができない当事者の方々がいらっしゃいます。わたしは、性同一性障害特例法に関して、次の3つのことを訴えています。
1 特例法を改正して、「現に子がいないこと」という要件を削除すべきである。
2 様々な理由から、性別適合手術を受けることができない人達がいます。そうした人達にとって、戸籍上の性別表記の変更はともかくとして、住
民票、パスポート、保険証などの性別表記の変更を認めるべきである(いわゆる「中解決」の実現)。
3 中・長期的な課題として、「現に婚姻していないこと」という要件についても再検討すべきである。<大島俊之>
・ 最高裁の発表によれば、特例法によって平成18年末までに573名の性同一性障害者が戸籍変更を許可されています。しかし、それ以上の詳細な
データは明らかにされていません。わたしは、平成19年までに121名の性同一性障害者の戸籍変更のための診断書を作成しています。その分析に
よって、特例法の現状を示していきます。<針間克己>
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オフィス然natureとは・・・性同一性障害の啓発活動を二十年以上行っている、自身も女から男になった作家・大学教員の虎井まさ衛が、当
事者と そうではない人々が共に学び会える教育機関の設立を目指して2007年に立ち上げた事務所です。
投稿: オフィス然nature | 2008年2月 2日 17:41