WBCのお粗末
MLBによる興行的な催しの色彩が強いWBCの開催には、もともと日本のプロ野球連盟も乗り気ではなかったはずだ。
どんな妥協案が検討されたのか知らないが、日本側の要望もある程度は受け入れられた結果、今回の参加に至ったのだろう。
なぜかイチロー選手がやけに燃えていたように見えたが、どちらかといえば冷ややかな見方が多かったのではないか。
この球審の判定について、朝日新聞編集委員の西村欣也は「ジャッジの精度をあげなければ…」などと書いていたが、それは見当違いだろう。
昨夜、ラジオで二宮清純が語っていたように、IOCやFIFAのような中立的な国際組織が主催していれば、アメリカが対戦する試合をアメリカ人が審判することなど、普通の国際試合ではありえない。
最初から、アメリカが有利になるように仕組まれている大会だったことがはっきりしただけのことなのだろう。
「勝つためには、どんな汚い手でも使う」という事実がはっきりして良かったのではないか。
そのほうがナショナリズムの高揚にも役立ちそうだし…。
藤原正彦も、アメリカのいう「平等」がフィクションに過ぎない現実について、こう書いていた。
《2001年の大リーグで、黒人のバリー・ボンズが白人のマーク・マグワイアのホームラン記録70本にあと1本と迫ってから並ぶまでに、19打席で12の四死球をもらった国なのです。70号はベネズエラ人、71号は韓国人の投手から打ったものでした。》(『国家の品格』「第三章 自由、平等、民主主義を疑う」)要するに、「偏狭なナショナリズム」だけでなく、「人種差別」があるということだ。
そういえばイチロー選手が80何年かぶりの新記録に近づいた時も、ケガをさせても阻止するといわんばかりのデッドボールや四球が多くてブーイングがたびたび起きていたのを思い出す。
イチロー選手の口からも、松井選手の口からも聞いたことはないが、「人種差別」に直面する事態が本当は何度もあるのではないか、と想像する。
昨日のアメリカ戦でサヨナラ負けしたあと、帰り支度をする日本チームのダッグアウトで、一人身じろぎもせずグランドを睨みつづけていたイチロー選手の姿が印象的だった。
「アメリカの野球って、この程度のものだったのか」と、多くの日本人選手が思い、日本人の観客を失望させたことが、メジャーリーガーとしてのイチロー選手の誇りを深く傷つけたのではないか、その怒りではないのか、と想像した。
「日の丸」を担いで…と言い続けたイチロー選手は、「辞退」した松井選手を意識してのことだったのかもしれない。
WBCなどと無関係にオープン戦で活躍している松井選手の「選択」のほうが、正しかったのではないか…という思いも胸をよぎったかもしれない。
セーフの判定をアメリカ・チームの監督の抗議で翻した球審は、メジャーリーグから(どんな理由からか知らないが)追放されてマイナーリーグに落とされた審判らしい。
そんなヤツに審判させるなよ、という声もありそうだが、むしろメジャーリーグの審判なら、あんなにみっともない依怙贔屓(えこひいき)を露骨には出来ないだろうから、わざわざ「そんなヤツ」にさせた可能性さえあるのではないか。
「中国人監督に率いられた黄色いジャップども」に、アメリカ・チームが負けるわけにはいかない、という使命を帯びていたのではあるまいか。
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2005年12月22日号「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)と松井秀喜選手」
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