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2006年4月16日

内田樹vs釈徹宗live対談『現代霊性論』──(1)

Study_11

全4回シリーズの朝日カルチャーセンター公開講座の第1回目(4月15日)である。
3回目までは月イチで大阪(5月と6月)。最後の4回目は東京へ「地方」巡業に出るそうだ。
おそらく4回シリーズが完結したところで本にまとめられるだろうから、詳しい内容は報告する必要もなかろうが、面白かった話題だけでも書き留めておくことにする。

もともとこの「対談」という企画に、あまり期待はしていなかった。
というのも、これまでの書評でもいくつか取り上げたが、「対談本」はあまり面白くなかったからである。
テーマが深まっていかないというか、拡散していくというか、「対談」の性質上ある程度はやむを得ないとは思いながら、物足りなく感じたことが多かった。

だが、実際の対談を目の前で聞いていると、これが実に面白いのだ。
やはりライブならではの面白さなのだが、本で読むとなぜ面白さが半減するのか。
一つは、喋っている言葉を全部文字にすると大変な分量になるので、編集者が大幅にカットするのではないか。著者たちも当然読み直して手を入れるだろうが、どうやってもライブ感を再現するのは無理にちがいない。
もう一つは(同じことだが)、表情や仕草、言葉の発しかたなど、内田さん風に言えば「非言語的メッセージ」は、文字という言語だけでは伝えられない、という厳然たる事実だ。

だから、内田さんたちがこの対談をライブで企画した意図が大変よく分かり、納得できた。
この4回シリーズの対談が、仮に本にまとめられてから読んだとしても、ロジックはよく分かるだろうが、聴き手だったときにインスパイアされたような「メタ・メッセージ」は期待できないような気がする。
この二人の対談は、実は昨年度後期、神戸女学院大学の講義として行われた講座「現代霊性論」と同じパターンだそうで、学生相手ではなく、オトナ相手にやってみようということになったらしい。

釈徹宗さんについては、未読(積読中)の内田さんとの対談本(『いきなりはじめる浄土真宗──インターネット持仏堂(1)』『はじめたばかりの浄土真宗──インターネット持仏堂(2)』)でお名前しか知らなかったのだが、1961年生まれ、浄土真宗本願寺派・如来寺住職で、いくつかの大学で教鞭もとられている比較宗教学者でもあるらしい。

対談は、まず釈さんからの発言で始まった。「現代霊性論」というタイトルのいきさつの説明で、少し笑わせてくれたのだが、対談の口火を切るいきなりの質問「内田先生は、死刑になった宅間守の霊的裁きは終わってないと言われてたが、どういう意味ですか?」と右ストレート。不意を衝かれた内田さんが「それは、第4回目あたりで…」とまた笑わせる。

テーマである「霊的なもの」について、今回の対談では中心的に論議されなかったが、近代科学では実体としてとらえることはできないが「機能」はしている、それに縛られている「人間」の行動そのものを研究する必要と意味についての提起があった。
そこから、宗教というものの意味についての話題になった。

釈さんが、内田さんに「宗教家」になぜ興味を持つのか、という意味の質問をした。
内田さんの答えは、ある新聞の連載担当で知り合った興福寺貫首・多川俊映さんが、打ち合わせに同席した記者たちよりも、はるかにシャープで、知性のバランスがよく、論理が安定していることに舌を巻いた経験から、ということだった。

世代的な宗教観という話題では、団塊の世代の親の世代は、青春時代である戦争中の国家神道に対する反動で、科学合理主義的な傾向が強い。したがって、団塊の世代もその影響を強く受けていると考えられる。
しかし、もっと若い世代になると宗教性が豊かに感じられた時期もあったが、オウム事件によってそれもまた引いていったと釈さんは語る。

去年、講座の学生たちと、京都の東寺と三十三間堂へのフィールドワーク「花冷えの京都観仏ツァー」に行った話も面白かった。
それは、仏像や曼荼羅の話で、「観光」的な記号として消費されているシェイプとしてだけ見れば「無時間モデル」に過ぎないが、ローソクの光だけで見るとどうなるか(観光客用にライト・アップされている)、西日が沈む直前の光が堂内にどんな効果をもたらすか、そういったことを計算し尽くしてつくられているものであり、目の前に見ている対象が同じものでも、見る者にとっての意味がエンドレスに深化していく装置なのだ、と二人が語る。
この、「送り出す側」(送信者)ではなく、「受けるとる側」(受信者)の感度によってメッセージが豊かにも貧しくもなる、というテーマがこれにつづくのだが、その話はまた次回ということで。(続く)

【内田樹関連記事】
2006年2月27日号「内田樹『知に働けば蔵が建つ』──(3)靖国問題
2006年2月25日号「内田樹『知に働けば蔵が建つ』──(2)「日の丸・君が代」
2006年2月21日号「内田樹『知に働けば蔵が建つ』──(1)大衆社会とは
2005年12月19日号「内田樹『街場のアメリカ論』
2005年12月7日号「内田樹講演会『学びからの逃走・労働からの闘争』──(2)
2005年12月2日号「内田樹講演会『学びからの逃走・労働からの逃走』
2005年11月14日号「女人禁制と性同一性障害
2005年10月14日号「内田樹・春日武彦『健全な肉体に狂気は宿る──生きづらさの正体』
2005年9月9日号「内田樹「史上最弱のブロガー」
2005年6月26日号「内田樹・名越康文『14歳の子を持つ親たちへ』
2005年2月7日号「チアン先生はえらい !
2004年12月28日号「キース・ジャレットの単音
2004年11月9日号「身体感覚と時間のコントロールについて

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