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2006年8月19日

内田樹『態度が悪くてすみません──内なる「他者」との出会い』──(1)「喫煙の起源について」

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この本は、依頼されて書いた比較的短い文章が集められているのだが、どれも大変に面白い。
多岐のテーマにわたっているのでひっくるめて論じるのは難しいし、面白くもないので、少しずつピックアップして取り上げてみようと思う。
まずは、靖国以上にヒステリックな支持者の多いこの「喫煙」を巡る、「なるほど、搦め手から、そうきたか」という感じの一文である。

この一文は雑誌『BRUTUS』の「コーヒーと煙草特集」に寄稿したものらしく、《「煙草は文化だ」という主張を掲げた特集に、「煙草を吸って何が悪い」という趣旨の文章を書いてもらおうとしたけれど、さっぱり書き手がみつからず、ついに高橋源一郎さん(彼はノンスモーカーですけど)と私のところに頼んできたので》書いたものだという。

まず冒頭で《煙草は見ず知らずの人から貰(もら)ってもよい》という、喫煙習慣についてあまり知られていない事実があるという。
私は喫煙をやめてから30年くらい経つので、かつてそのような習慣があったかどうか定かではないし、あったとしてもあまり貰ったことはないように記憶する。
したがって、現在もそのような習慣が続いているのかどうかも知らないし、今後もさらに続くかどうか知る由もない。
(1箱2000円になれば、たぶん、この「美風」もすぐに廃れるような気はするが…)

《これは献酬や喫煙が、起源的に「共同体立ち上げの儀礼」であったことの名残をとどめている遺習ではないか》という見解には、まったく異論がない。
そして、《喫煙や飲酒が共同体の「フルメンバー」にしか許されないのは、(…)成人しか参列が許されなかった「分割しえないものを分かち合う」儀礼の起源の名残をとどめている》という見解も、その通りだと思う。
抜歯やバンジー・ジャンプに似た儀礼と同じように、コドモとオトナの境目を明確にする「イニシエーション」のひとつとして、喫煙や飲酒があったことは確かだろう。

だが、文化人類学的にはその通りだと思うが、現在の社会ではそのような「イニシエーション」は(不幸なことに)存在しない。
小学生や中学生の年齢から、喫煙や飲酒が珍しくはないからである。
区切り目がないので、どこかのある時点で「オトナ」として認められる儀礼が存在しない。
「成人式」も、もともとはそのような儀礼としての役割があったのだろうが、現状はニュースで知られる通りである。
《共同体の「フルメンバー」》として認められ、受け容れられる「イニシエーション」がなくなっているので、いつ「オトナ」になったのか、周りも本人もはっきりしないため、いつまでたっても「コドモ」のままということになる。

《私たちの社会からはすでに献酬の習慣が消えた》と、著者は書くのだが、そんなことはないのではないか。
《今また喫煙の習慣も消えようとしている》というのも、ちょっと違うような気がするが…。
《おそらく、遠からず応接室でお茶を供する習慣も、宴席で隣人のグラスに酒を注ぐ習慣も、煩瑣だから、無意味だから、あるいは健康に悪いからという理由で消えてゆくことだろう。けれども、共同体の存続よりも個人の健康を優先する人々が支配的になる社会において、人が今より幸福になるように、私には思えない。》と著者は結んでいる。

この本を読んでいる最中も、内田さんと釈さんの対談を聞く前に、中之島の朝日新聞社の地下で早い目の夕食を摂ろうとしていると、少し後から来た客が、ほとんど客のいない店内なのに、私の隣の席に座るなり、何の想像力も働かせることなく突然タバコを吸い始めた。
注文した料理がまだ運ばれていなかったので、即、離れた席に移動したが、これが(不幸なことに)タバコをめぐる普通の状況である。
店内に「禁煙」の表示もなければ、「禁煙席」もない店なので、喫煙する客に責任があるわけでは勿論ない。
しいて責任があるとすれば、「禁煙席」のない店にうっかり入ってしまった私の責任だけであろう。
だが、時間もなく、店も多くない場所で、そんな店を探せるだろうか。

「イニシエーション」としての役割をもはや果たさなくなった「儀礼」は、単なる無神経の代名詞になってしまったのではないか。
《共同体の存続》を脅かしているのは、そういう無神経な喫煙者が《支配的》になってきた現状のほうではないかと思うのだが…。

Taido

【関連記事】
2006年5月16日号「ニコチン依存症は「病気」?
2006年4月28日号「「全面禁煙」から1カ月
2006年3月31日号「公共施設の全面禁煙
2004年7月1日号「煙草専売制を施行(1904年)

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