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2006年10月 8日

原田正治『弟を殺した彼と、僕』

Books_14

この著者のことは、新聞記事で初めて知って以前の記事(2005年6月10日号)で取り上げたことがある。
だが、この本のことはつい最近まで知らず、ようやく読んでみることになった。
新聞記事だけでは分からなかった多くのことが、(当たり前だが)本を読んで改めてよく分かった。

例えば、交通事故による事故死だと思い込んでいた弟の死が、1年4ヶ月後も経ってから雇い主たちによる保険金目当ての殺人であったことを知ったショックと憤り、しかも、雇い主の新車のトラックをダメにしてしまった申し訳なさにつけ込んで、既に受け取って山分けされていた2000万円の他に、車にかけられていた搭乗者特約保険の1400万円を受け取った著者と母親のところへ(そのカネを目当てに)借金を申し込んでくる雇い主を、最初は少しも疑っていなかったことなど、詳しいいきさつを知ると生々しい。

親身になって心配してくれているとばかり思っていた雇い主長谷川敏彦が逮捕され、実は弟を惨殺した首謀者であることが分かってからの著者たち家族の憤りと憎しみがどれほどのものであったか、この本には詳しく書かれている。
「殺してやりたい」という恨みがどれほど深いものであったか、ページ数にしてもこの本の半分以上が占められている。
そして、最後まで著者が繰り返して書いているのは、「死刑にして欲しくない」と思うことが、著者の生活を根底から破壊し尽くした犯人を「憎んでいない」という意味ではまったくない、ということだ。

弟を殺された著者の生活が破壊されたというのは、著者の職場での生活までもが破壊されたという意味だけでなく、著者の夫婦関係が破壊されたというだけのことでもなく、「憎しみ」に支配された著者の心が破壊されたということが最も深刻な傷跡を残したのだという。
著者の生活が破壊されただけではない。
殺人犯人となった長谷川の二番目の姉は裁判の途中で自殺し、長谷川の妻と子どもたちもまた最も悲惨な犠牲者となった、と著者は書く。
事件から10年後、長谷川の死刑が確定してから、20歳になっていた長谷川の長男もまた自殺した。
カネに目のくらんだ長谷川の悪業が、被害者と被害者の遺族だけでなく、本人の肉親たちをも犠牲にしたということだ。

弟を惨殺した憎き長谷川から届く多くの手紙を開封もせずにゴミ箱に捨てていた著者が、やがて拘置所にまで面会に行ってみようと思い始める心の変化が、克明に綴られていく。
新聞記事で読むと、死刑囚に面会に訪れる被害者家族という構図だけしか分からないのだが、それがどれほどの気持ちであったか、この本を読むとよく分かる。

やがて、「死刑反対」運動の広告塔のように利用されている自分を自覚しながらも、《長谷川君を殺して欲しくない》という気持ちが、「死刑」一般に反対するというよりも「弟を殺した憎い犯人だからこそ生かしておいて欲しい」、生きていなければ《謝罪の気持ち》も受け取れなくなり、自分に巣くっている「憎しみ」の心をかろうじて癒すことのできる、かすかな「救い」を失ってしまうことになる、と著者は言う。

だが、法務大臣は《被害者遺族の心情》を踏みにじって、騙し討ちのような死刑を執行する。

《被害者遺族である僕の気持ちを本当に汲んでくれる気があるのなら、僕がこの八年の間、訴えてきたことを法務省は、拾ってくれてもよかったのではないか、と思いました。》
《本当のところ、法務省は「被害者の気持ち」など露ほども考慮していないのだ、と腹が立って仕方がありませんでした。とことん僕は無視されたと思いました。「被害者感情」という言葉が出るのは、裁判所が死刑の理由を述べるときだけか、と恨みがましく思います。》(241ページ)
この本を読んでもう一つ印象的だったことは、「被害者側は、誰からも手を差し伸べられない」という現実だ。
「殺した側」には国選弁護人がつき、死刑囚となってからもキリスト教を中心とした支援者の輪が広がり、多くの人々が集まってきているというのに、著者の周りではこれでもかというほどの仕打ちばかりが続く。

死刑が執行されたあと、教会で行われた通夜と告別式の帰り道、著者はこう書いている。

《「被害者家族のことを考えて死刑はあるべきだ」と思っている人が多くいると聞いていますが、長谷川君の執行が大きく報道され、通夜、告別式が行われたとき、誰かひとりでも僕に、
「死刑になってよかったですね」
と、声を掛けてくれたでしょうか。所詮、国民の大多数の死刑賛成は、他人事だから言える「賛成」なのです。第三者だから、何の痛みもなく、「被害者の気持ちを考えて」などと呑気に言えるのだと思いました。僕は、ひとりぼっちです。
 家に帰っても、長谷川君が生きていた一昨日までと我が家は何ひとつ変わらないと思いました。加害者が死刑で殺されても、僕も僕の家族も、決して弟が生きていたあの頃には戻れないのです。そのことへの労わりは誰からもなく、「死刑になって一件落着」だと思われたとしたら、僕は本当に浮かばれません。国というのは、何のためにあるのか、と思いました。国民のためではなく、役人の保身のために国も予算もあるのではないか、と腹が立ちました。僕は、わがままなのでしょうか。独りよがりな考えなのでしょうか。しかし、この思いが偽らざる気持ちなのでした。》(245ページ)

Koroshita01

【関連記事】
2005年6月10日号「犯罪被害者は「死刑を願う」という偏見
朝日新聞2005年6月4日朝刊記事「20050604.pdf」

【死刑制度についての関連記事】
2005年4月18日号「「名張毒ブドウ酒事件」と「裁判員制度」
2005年2月22日号「 「死刑制度」と「裁判員制度」
2004年9月14日号「宅間死刑囚が、今日処刑された。
2004年6月19日号「ローゼンバーグ夫妻、処刑される(1953年)
2004年6月16日号「 死刑制度について
2004年4月9日号「サッコとバンゼッティに死刑判決 (1927年)

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コメント

難しい問題です。
裁判員制度始まると当事者になる事も。
悩みます。
ハートフルライフさんから来ました。
こちらのページを紹介してリンクをはらさせていただきました。
これからも宜しくお願い致します。

投稿: ボケネコ | 2006年10月16日 22:21

ボケネコさん、コメントならびにリンク有り難うございました。
裁判員制度もあと3年で始まりますね。
原田正治さんが言われる通り、他人事で済ませる無責任さが問われることになるのでしょう。
こちらこそ、よろしくお願いします。

投稿: KAZE | 2006年10月18日 13:31

昨日図書館で「弟を殺した彼と、僕」を借り読みました。
読みはじめの強烈な違和感、最後の方はなぜか涙。
難しい問題で感想や気持ちを表現出来ませんが、考えるもとをご紹介頂き有難うございます。

投稿: ボケネコ | 2006年10月22日 12:01

もし自分の肉親を殺されたら、自分はどうするだろうか、と私はいつも考えてしまいます。
それでも、たぶん、私は原田さんと同じように「死刑」には反対するような気がします。
原田さんの本の中にも、控訴せずに先に「死刑」になった共犯者のことが書いてありましたね。
潔くみえて、実は何も反省していない、と原田さんが言う通りだと私も思います。
宅間守もそうだったし、先日死刑が確定した小林薫も「早く死刑にして欲しい」と言ってるようです。
要するに「自殺の巻き添え」に「人殺し」をしているのでしょう。
そんな人間の思い通りに「殺して」も、遺族の気持ちは出口がなくなるだけのような気がするのです。
何年かかろうとも、本人が「謝罪」の気持ちを遺族に「生涯示し続ける」ように、生かしておくべきだと思うのですが…。

投稿: KAZE | 2006年10月22日 16:47

はじめまして。「村野瀬玲奈の秘書課広報室」というブログをやっています。
光市母子殺人事件について書いたエントリーについたコメントに返事をする中でこちらのブログの記事に言及させていただきましたので、トラックバックを送らせていただきます。
また、こちらのブログを私のブログのリンク集にも加えさせていただきました。
今後の記事も楽しみにまた寄らせていただきますのでこれからもよろしくお願いいたします。

投稿: 村野瀬玲奈 | 2007年8月14日 14:35

村野瀬玲奈さん >
コメント並びにトラックバックと記事の紹介、有り難うございました。
光市母子殺人事件についての記事を拝読し、リンクのいくつかも拝読して、私自身が(警戒しているはずの)マスコミによって操作されているかもしれないことに愕然としました。
難しい事件であればあるほど、「真実とは何か」を冷静に判断していくことが大切ですね。
大変勉強になりました。

投稿: KAZE | 2007年8月17日 22:01

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