樋口健夫『できる人のノート術』──手帳(9)
著者は海外生活20年という商社マンで(既にリタイアされているが)、ビジネスでの経験を「ノート」というテーマに絡めてたくさん紹介し、《37歳のときに、今のA5サイズのノートにしてから、この23年間、〔中略〕現在335册》(59ページ)にもなるというツワモノである。
普通の手帳はスペースが小さすぎることと、1册のなかにすべてを書くようにする──というコンセプトは、私の考えとまったく同じであり、異なっている点は著者が「A5」を奨めているのに対して、私は「B6」が自分には適当な大きさだと考えているところだけである。
私も「A5」の20穴ノートや6穴バインダーを試してみた時期があり、その有用性や有効性は十分に知っているつもりだ。
ただ、私の場合、「A5」はやはりノートであって、手帳として使うに大きすぎると感じたことと、「B6カード」の延長でメモする習慣が身についているのか、(1件1ページというほど厳密な使い方はしていないが)気軽に短いメモを書いてあまり広い余白が残ってしまうのは何となく落ち着かない(つまり、もっと多く書いてページを埋めなければいけないような)変なプレッシャーを無意識に感じてしまうことに抵抗があって使わなくなったのだと思う。
こうした点は、使う人の字の大きさや書き方にも関係するし、好みの問題もあるだろうからさほど大きな問題ではない。
重要な点は、著者が繰り返し強調しているように、「すべてを1册に統合する」ということと、「手で文字を書く」ということに尽きる。
「手で文字を書く」という点で、私が初めて知ったのは「手書き入力タブレットPC」というパソコンのことだ。
それらしいものがあることは何とはなく知っていたような気もするが、どのようなパソコンなのかはこの本で詳しく知った。
キーボードというものがあるのに、どうして「手書き入力タブレット」なるものを使うのか私には分からなかった。
おそらくキーボードを打てない人のために(つまり、超初心者のために)、わざわざそういうパソコンが作られているのだろうと思っていた。(メーカーの意図はもちろん私は知らない)
だが、この本を読んで、「なるほど、そういうことだったのか」と深く納得した。
つまり、スピードの点ではキーボードにはるかに及ばないだろうが、「手で書く」ことの復権の可能性がある、ということだ。
「手で書く」文字が、たちどころに賢くデジタル・データに変換され、キーボードで入力した文章と同じように保存されていくということは、手で書いた文章をもう一度キーボードで入力し直すことに比べればはるかに効率のいいことに違いない。
だが、さしあたって私はこのパソコンには手を出しそうにない。
一つは、調べてみて分かったのは(当然Windowsマシンであることは別としても)恐ろしく高価であること。ちょっと試しにやってみようかという範囲を超えている。
もう一つは、私もペンタブレットを使って絵を描いたり、文字を描いたりすることがあるのだが、あの硬くて滑るようなペン先とタブレットとの接点は、筆圧の弱い私には長時間の使用に耐えられない。肩が凝ってくるのだ。
さらに最も大きな理由は、「手で書く」文字はその「手書き」である文字そのものに私は愛着を感じているからだ。
つまり、私がペン・タブレットで文字を入力するとすれば、書いたままの文字がそのままデータになることで、それならペイント・ソフトですぐにでもできることだし、それでは画像データにしかならず、テキスト・データとして検索することもできないし、それよりも何よりも、わざわざタブレットで書いてパソコンに入力するまでもなく、紙の上にペンで書けば済むことなのだ。
もう一つ私の食指が動いたのは、6.5kgの折りたたみ自転車である。
ヨーロッパでは自転車のまま電車に乗ることができるところが多いらしく羨ましく思っているので、これくらい軽くて小さくなる自転車なら持ち歩いて電車にも乗れそうで、大阪市内や特に京都市内をウロウロすることの好きな私にはピッタリのツールなのだ。
問題は値段で、ネットで調べてみると安くても14万円近くもする。
実を言うと、家のガレージの片隅には私の体格に合わせてオーダーしたロードレース用の自転車が眠っていて、これに12万円も使ったトラウマがあるのだ。
なにしろその頃(十数年前?)は足しげくプールにも通っていて(2kmは泳ぐようにしていた!)、長距離のランニングにも多少の自信があったので、トライアスロンへの出場を夢見てそんな自転車を買ったのだった。
それはともかく、著者の提唱する「ノートを書くことの楽しさ」には深く共感できる。
著者が最新デジタル・ツールに貪欲に関心を寄せながら、しかも「手書き」の重要性を強く主張している点も同感できる。
著者は私と同い年の団塊世代で考え方や感じ方が似ているのか、それとも、もっと広い年齢層の人々にも著者の考え方が理解されていくものなのか、私には見当もつかない。
確かなことは、ケータイやキーボードしか使わず「文字を手書きする」ことをしなくなった脳は、著者が言う通り何か大切なものを失っていくことになるということだろう。
【関連記事】
2007年1月25日号「「手書き」と脳」
2006年10月18日号「「B6バインダー手帳」縦書きリフィル・現状報告──手帳(8)」
2006年9月1日号「「B6バインダー手帳」縦書き用リフィル──手帳(7)」
2006年2月20日号「「B6バインダー手帳」Zip-bag──手帳(6)」
2005年11月5日号「「B6バインダー手帳」の現状──手帳(5)」
2004年12月19日号「 B6バインダー手帳──手帳(4)」
2004年12月12日「「A6ノート手帳」──手帳(3)」
2004年12月6日号「バイブルサイズ手帳──手帳(2) 」
2004年7月28日号「 能率手帳バインダー(8穴)──手帳(1)」
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コメント
2007-02-03-0099
こんにちわ。「できる人のノート術」の著者の樋口健夫です。詳しくご紹介いただきましてありがとうございます。
おっしゃるとおり、手書きに固執してきましたが、デジタル機器にも大いに関心があります。
今後は、更にノートがエアペンなどを通じて、デジタル化していくと思います。
よろしく。
樋口健夫
投稿 樋口健夫 | 2007年2月 3日 23:51
樋口さん、今日は。重ねてコメントいただき、有り難うございました。
お書きになっている内容については共感することばかりでしたので、あまり詳しくご紹介できず、自分の関心事ばかりになりました。申し訳ありません。
「手で書く」ノートの重要性が広く理解されることを、私も願っています。
投稿 KAZE | 2007年2月 4日 11:17
こんにちわ。アイデアマラソンの樋口健夫です。5月30日の記事も興味深く読ませていただきました。お住まいは京都か大阪ですね。小生は京都出身です。日吉ケ丘高校です。
再度、コメントを書くつもりになったのは、風のたより様が、かなり小生と似たメンタリティをおもちだと感じたからです。関西はよく出張しますので、一度お会いすることもあると思います。また、一度、私のアイデアマラソンの講演を聞いていただければ幸いです。いずれにしても、アイデアマラソンの開始継続をお勧め申し上げます。
では
投稿 樋口健夫 | 2008年5月31日 09:38
樋口さん
コメントありがとうございます。
私は、学生時代を含めて10年ほど京都で生活しましたが、それ以外は中学3年生の時からずっと大阪です。
樋口さんとは確か同い年でしたね。
未だ半病人生活が続いていますが、またいつかお会いできる機会があればいいですね。
投稿 KAZE | 2008年6月 1日 23:14