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2008年4月 6日

1か月と20日ぶりに

Gauntlet

ご無沙汰していましたが、ようやく久しぶりの更新ができそうです。
手術したのが先月の6日。入院してから今日までの日数は4週間と4日。
退院してからは、2週間と2日ということになる。
まだ2週間しか経っていないのか…と思えるほど長く感じられる。それくらい苦しい毎日だった。
ようやく一昨日くらいから、「ものを考える」ということができそうな気がしてきた。

入院中のこともおいおい書くことになろうが、とりあえず手術の結果だけを簡単に報告しておくと、病巣は完全に取り除くことができたので、成功と言ってよさそうだ。
先週、担当医と退院後の初めての外来診察があり、摘出部に関する詳しい病理検査の結果も知らされた。
病巣は4段階のステージ3。今後「すぐに抗ガン剤治療を始めたほうがいい」というレベルと、「このまま何もしなくても5年生存率95パーセント」というレベルの中間くらいらしい。「抗ガン剤治療」はお断りしたが、将来のことは誰にも分からない。

入院する前、釈住職から「出家修行」と読み替えてはどうか、という白隠禅師の言葉を紹介していただき、如来寺の本堂でもお祈りしていますよ、という百人力の有り難い励ましもいただいた。合掌。
確かに17日間の入院生活は「出家修行」と呼ぶのがふさわしい日々だった。
退院して「在家」に戻ってからの2週間も、毎日の生活は入院中の状態と何も変わらず、医師やナースのサポートを受けられない分だけより困難だったと言えなくもないほど大変だったのである。

身体的な状態が不調であった、というだけではない。
「ものを言う」ことさえ興味が持てず、声の出し方を忘れてしまうほど黙りこくって、たぶん鬱々とした不機嫌な顔をしていたのだと思う。
一緒にいるツレアイには申し訳ないと思うのだが、自分でも他にどうすることもできないのだ。

そんな時、たまたま枕元のラジオを聴いていると「高齢者抑鬱症」という症状について説明していた。
聴きながら自分の場合は「手術後抑鬱症」(という名称があるかどうかは知らないが)とでも呼べばいいのではないと思うほど症状のいくつかが似ている気がした。
ツレアイにそのことを言うと「マタニティ・ブルー」というのもあるからね、とのこと。なるほど。
身体的な大変動によって、人間の精神もまた何か防御的な反応や思わぬ激震をこうむるのかもしれない。

辞書で「抑鬱症」について調べてみると、この2週間の自分によく似た症例がいくつか並んでいた。
《感情の点では気分沈滞、不安、思考渋滞》《気持ちが沈む、落ち込む、憂鬱になる、晴れ晴れしない》《意欲と行動の点では、決断実行の不能》《身体的にも、不眠、食欲不振、便秘》などなど。
特に《思考の集中困難》といった症状は、2、3日前までの私の状態そのものだった。

退院して、自分の家に戻ってからの毎日に特にそう感じる原因を考えてみると、入院中は執刀医チームの3人の医師が1日に何回も様子を診にやってくるし、ナースはそれ以上に頻繁に血圧だ検温だ点滴だガーゼの交換だとやってくるし、見舞客もあるし、なにしろ4人部屋の同室の患者たちとのつきあいなどもあって、病室にはいても、いわば「社会」との接点がたくさんあったのに対して、家に戻ってからは、良く言えばそこから「解放」されて、悪く言えば「孤立」した状態に放り出されてしまったということだろう。
他にも原因として思いつくことはいろいろある。
例えば、食事による栄養の問題。病院で毎日3度出される食事は、美味しいとはとても言えないが、栄養のバランスは考えられているので、仕方なく食べていても結果的には十分な栄養価が足りていたのだと思う。家に戻ると、その反動もあって美味しいものを食べたい気持ちが偏った食事内容になっていた可能性はある。
あるいは、特に意識していたわけではないが、4月になればスタートしていたはずの教師の仕事が、プッツリと終わってしまった現実も影響していたかもしれない。

いずれにせよ、身体的な不調が根本的な原因なのだが、生活上の不都合はむしろ精神的な不調によって起きていることに、ようやく気づくことになったというわけだ。
まだ食べ物が「うまく」「十分に」受け入れられる状態の身体にはほど遠いが、それでもこれまでに比べればずいぶんとマシになってきた。
少し光明が見えてきた、という感じである。
「何も考える気がしない」という状態からはようやく抜け出せたようなので、ボチボチ復活していけそうだ。
今後ともよろしくご贔屓のほどを。

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コメント

 まずは良かったですね。満開のサクラがまぶしく見えたのではと想像してましたが、そう単純なものではないですよね。理性は、まぎれもなく肉体の一部です。その肉体が、疲弊すれば、感情も混乱しますよ。私のような気が弱くて、いくじなしなら、「錯乱状態」だったかもしれません。
 「無職」というあこがれの生活を手に入れたわけですから、それを上手に使って、ゆっくりリハビリを重ねてください。

投稿 hoshi | 2008年4月 7日 10:52

退院おめでとうございます。
私も13年前脊髄損傷で6ヶ月弱入院を強いられ、退院も退院後も不安でした。数ヶ月会社の人に車で送迎してもらいました。最初は、30分と椅子に座っていられませんでした。鬱も3年前ぐらいに発生し、砂をかむような食事を家族に知られないように無理して食べては、吐いていました。世の中のことが怖くてテレビ・新聞も受けつけず、生きる希望のない明日への苦痛の日々がいつまでも続くようで、長く苦しかった経験があります。
 薬事療法で今では、ほとんど完治しています。
 ほとんど鬱から脱出したら、今度は手のつけられない躁状態になり、警察の不正が許せなくなって、警視庁まで乗り込んだことが私のブログの始まりでした。
 いまでは脊髄損傷の後遺症以外、精神的には落ち着いた生活を送っています。

 早い完全なご回復を祈っています。

投稿 icarus(イカルス) | 2008年4月 8日 01:58

手術の成功、良かったですね。退院後の症状は大変なご様子ですが、ゆっくり我慢で、月日の経つのを待ってください。私も手術後の痛みに悲鳴を上げましたが、幸い帰宅後は、のんびりボンヤリしていただけです。食事もままらないのはつらいと思いますが、完全復帰目指して、心身の栄養を。時折の抗がん剤も服作用がなく、より良くなるのでしたら考えてくださいね。冷静な長い文章をこうして書かれているのですから、大丈夫ですよ。KAZEさんは思考の人なので、この機会に更にジャンプを。「ツレアイ」さんの貢献は大!ですよ。*抑鬱症のことは参考になりました。これからの生き方は課題ですね。先週「実録 連合赤軍」を見てきました。映画館を出れば満開の桜・・。痛ましい彼らに嫌悪感はないですが、やはり残念です。でも当分はハッピーエンドの秀作ビデオがススメかも。

投稿 金城静穂 | 2008年4月 8日 11:38

桜を見られる時季に退院することが出来よかったですね。
何でも、ぼつぼつ、無理をされませんように。
また、ブログ楽しみにしています。

投稿 bokenekoことchieko | 2008年4月 8日 22:45

hoshiさん>icarusさん>金城さん>bokenekoさん>
コメント下さった皆さん、お気遣いに感謝します。
「悠々自適のリタイア生活」へいつになれば近づけるのか、全然見通しが立ちません。
腹痛や頭痛や発熱の日もあり、起きている時間よりも寝ている時間のほうが多い日も少なくない今日この頃です。
ブログの更新も気になりますが、当分はスローライフ、マイペースでいかせていただきます。どうぞヨロシク。

投稿 KAZE | 2008年4月16日 16:52

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