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2008年10月12日

映画『それでも ボクは やってない』

Cinematv

いささか旧聞に属する作品だと思うが、病院に持って行ってようやく観た。
実のところあまり観る気がしなかったのだ。
かなり話題にもなっていて、痴漢の冤罪事件というストーリーもおよその見当がつく気がしたからである。
だが、実際に観てみて、予想していたものとはかなり違う印象だった。
まず何よりもあの温厚そうな周防正行監督が本気で「怒っている」のが伝わってくるというだけではない。
ドラマが一種のエンターテインメントとして、とりわけ「法廷劇」の面白さ(証人は何を言うのだろう、弁護側はどう反論するのだろう、被告人は一体これからどうなるのだろう…など)が観客を最後までドキドキ・ハラハラさせて飽かせないのである。

物語のはじまりとなる満員の通勤電車のシーンは、ごくありふれた日常のひとこまであるところがまた怖い。
履歴書を入れ忘れて面接に遅れることを気にしている主人公は、突然、女子中学生に腕をつかまれて「痴漢」だと言われる。
事情を聴くからひとまず駅事務所へ、と駅員に言われ、身に覚えがないからすぐに面接に向かえるだろうと思っていた主人公は、何の事情も訊かれないまま駆けつけた警察官に連行される。
そこから地獄の日々が始まるのだが、何気ない日常に突然の裂け目が生じ、想像もしない残酷な状況に落ち込んでいく、そのあまりにもあっけない、いつでも・誰にでも起こりうる地続きに恐ろしさが際立つ。
被害者が言うのだから間違いない、という見込みで居丈高に恫喝し尋問する警察官のすさまじさも、サスペンス劇場とは違うリアリティがある。
言ってもいないことを警察官が勝手に一人称で作文していく「供述調書」というのも、「全面可視化」に警察・検察が反対する理由がよく分かる。

この映画によって周防監督が最大の問題点として描いているのは、検察側に「証拠の全面開示」が法的に義務づけられていないということだ。
この問題は、「裁判員制度」などよりも先に解決しなければならない、はるかに重要で深刻な課題である。
検察側は、取り調べや捜査で明らかになった事実をすべて公開する義務はなく、被告人を有罪とするのに役立つ証拠だけを選んで提出すればいいことになっている。
裁判員制度が始まっても、このアンフェアな仕組みはそのまま残されるので、裁判員が「事実」のすべてを知ったうえで判決を出すことは最初から出来ない。

映画の中では、検察側がどんな「証拠」を隠しているかも分からないので、当てずっぽうで「開示請求」をするしかない場面が登場する。
弁護側の請求に対して検察官は「不見当」と答える。
初めて聞く裁判用語だが、「見当たらず」という意味らしい。
役所広司扮する弁護士の解説によれば、請求された証拠が「ない」と言ってしまうと後で出てきたり、出さなければいけなくなった時に「虚偽を申し立てていた」ことになるので「見当たらなかった」と言うのだそうだ。「隠した」わけでもなく、探してみたけれども単に「見当たらなかった」だけ、という言い逃れのための準備なのである。
そう言えば、薬害肝炎訴訟の「記録」も、最初は「見当たらない」と言っていた。
年金記録の改竄も、最初は「1件だけ」と言っていたのに、少しずつ増えて今のところでは75万件にまでなっている。
この数字だって本当かどうか怪しいものだが。
富山での冤罪事件でも、服役までさせられた柳原さんのアリバイを証明する犯行時間帯の自宅の通話記録を、検察側はわざと隠していた。
「有罪」にするためなら、どんなアンフェアなことも平気でやってのける、ということだ。

この映画では、裁判官が途中で交代するという問題もとりあげている。(裁判官によって、公判のやり方があまりにも違いすぎる問題も公平さを揺るがせる)
こういうことは実際の裁判でも起こりうることだろうが、引き継いだ裁判官が「書面」でしか公判について知り得ない状況は、被告人にとって不利に働く可能性は高い。
「裁判員制度」でも事情は同じだ。裁判員が途中で交代しなければならない場合、後を継ぐ裁判員はそれまでの公判を「書面」だけで読み、判決に加わらなければならない。
公平で正義が貫かれるべき裁判で、こうした仕組みが相応しいのかどうか、監督はそのことを問うている。

映画のなかで、交代(左遷)させられた最初の裁判官が、司法修習生に「無罪判決を言い渡す時に、迷いはないのか」と訊かれて答える場面がある。
「ありません。刑事裁判にとって最も大切なことは、無実の人を罰してはならないということです」
「推定無罪」、「疑わしきは被告人の利益に」、「無辜の不処罰」という大原則を、どれくらいの裁判官が本気で考えているのだろうか。
この映画は、何の楽観もなく、冷徹に現実を描く。

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コメント

年末には、来年の裁判員の通知が発送されます。
(記憶が間違っていますかしら)
義務だといわれても、指名されるのがとても怖い。

投稿: ボケネコことchieko | 2008年10月13日 11:55

ボケネコさん
コメント有り難うございました。
裁判員制度、どうなるのでしょうね。
私の予想(期待)では、失敗すると思います。
少なくとも大幅な見直しをしないと、「誰も望んでいない制度」がこのままうまくいくとは思えません。
指名の郵便物が届いた場合の対処法も、この本には詳しく書かれていますよ。

投稿: KAZE | 2009年3月31日 20:13

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