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2008年11月12日

深緑夏代

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いつものように風呂の湯に浸かりながら聴くともなく聴いていたラジオから、「深緑夏代」という名前が聞こえてきた。
なんと半世紀ぶりに聴く、一度も思い出すことのなかった懐かしい名前ではないか。
まるで紅茶に浸したマドレーヌのように、この名前から忘れたままになっていた過去がふいによみがえってきたのである。

どういうわけか幼い頃、親に連れられて宝塚歌劇団の公演に何度も行ったことがある。
おそらく母親が宝塚歌劇団のファンだったのではないかと思う。
父の勤務地であった京都に住んでいた頃は、宝塚からの帰り阪急京都線の電車が地下に入ると怖がって泣いていたらしいので、そうとうに幼い頃のことだ。
父が大阪に転勤になって、大阪市内に住むようになったからも宝塚にはたびたび行っていたような気がする。

「深緑夏代」という名前は、その頃の記憶をよみがえらせた。
ネットで調べてみると、深緑夏代は1955年に宝塚を退団しているので、私が舞台で見たのはその最後の頃だったのだろう。
私の記憶では、トップスターの役柄ではなくコミカルなバイプレイヤーだったような気がするが、あまり確かな記憶ではない。

そのラジオ番組を聴いていていちばん驚いたのは、1921年生まれ87歳の深緑夏代が現役のシャンソン歌手だと知ったことだ。
宝塚を退団してからすぐにシャンソン歌手としてデビューしていたことも全然知らなかった。
そして、さらに驚いたことは彼女が聴かせてくれた歌声の素晴らしさである。
鍛え抜かれた結果ということだろうか、圧倒的な声量と表現力なのである。
現役最高齢の歌手の一人なのだそうだが、この声を聴けば、現役歌手のなかでも彼女に対抗しうる歌手はそう多くはあるまい。

彼女が半世紀前に立っていた宝塚の舞台がよみがえると、同時に「春日野八千代」「天津乙女」といった伝説的な女優たちの名前もよみがえった。
春日野八千代の舞台も見たような記憶はあるのだが、これも確かとは言えない。
春日野八千代は1915年の生まれらしいので、今年で93歳だが、まだ現役最長老の団員らしいと知ってこれまたビックリした。
日本舞踊の名手だった天津乙女は1905年生まれで、1980年に亡くなっている。

シャンソン特集らしいその番組には、男性歌手代表として芦野宏も出ていたが、もう一人のゲストが深緑夏代と分かるまでは美川憲一かと思うほど声が似ていた。
恐らくそんな昔の宝塚の話など知るまいと思いながらツレアイに話すと、ご近所の方々が朝カルか何かで深緑夏代にシャンソンを習っていると聞いてまたまたビックリ。
さすがに宝塚時代の話はツレアイも知らなかったようだが、今やシャンソン歌手として深緑夏代はよく知られた人らしいのである。
ビックリすることの多い出来事であった。

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