2008年4月28日

1908年4月28日 第1回ブラジル移民船が神戸を出港

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北原ミレイのヒット曲に『石狩挽歌』(なかにし礼作詩・ 浜圭介作曲)というのがある。といっても、30年以上前のことなので知らない人もいるかもしれない。(最近、多くの演歌歌手が自分のアルバムでカバーしているようだが…)
ニシン漁が衰退してしまった漁村を背景に描かれる不思議な物語を、暗い情念を込めた独特の歌唱力で歌ったものだが、その一節に意味不明の歌詞があって、つい最近まで謎のままだった。

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2007年8月25日

1984年8月25日 トルーマン・カポーティ死す(享年59)。

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『シネマアピエ』第3号・特集「悪役スター」(今秋発行予定?)に、私は映画『カポーティ』を選んで、2000字の原稿を寄稿した。そのために、トルーマン・カポーティの2冊の伝記と『冷血』などいくつかの小説作品を初めて読んだ。
そして、その作家としての輝かしい半生に比べて、晩年の生活は本当に悲惨で、特に最期は何とも言えないほどだったことを知った。

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2007年7月30日

今日、小田実さんが亡くなった(享年75)。

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ちょうど参院選の与野党逆転結果で持ちきりのニュースの中で、掻き消されそうな訃報だった。
今年の5月に末期ガンであることを公表して、その後も容態が思わしくないことは人づてに聞いていたので、やっぱりとうとう亡くなったのかというのが最初の感想だった。
75歳なら、長寿とまでは言えないにしても、早すぎる死というほどでもあるまい…などと不謹慎なことも思ったが、小田さんならあのちょっと甲高い声でハッハッハと笑い飛ばしてくれることだろう。

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2006年12月21日

1946年12月21日 南海大地震、死者1330名の犠牲

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ちょうど60年前の今日午前4時19分、紀伊半島沖・潮岬南南西約50kmの沖合を震源とするM8.0の大地震が起き、和歌山県や高知県から九州にいたる太平洋岸の地域に、激震と押し寄せた津波などで、死者1330名 行方不明102名 家屋全壊11591 半壊23487 流失1451 浸水33093 焼失2598 船舶破損流失2991、全国の被災者は30万人に及ぶ甚大な被害を出した。
「地震エネルギーは、関東大震災の約5倍に匹敵し、世界最大級の一つ」と中央気象台は発表した。

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2006年7月31日

1961年7月31日 京都で日本最古のチンチン電車(北野線)、廃止。

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京都の市電をめぐる埒もない思い出話を少々。
日本で最も古い路面電車が、この日、廃止されたらしい。
京都駅前から、堀川通り、中立売り通りを通って北野天満宮までをチンチンと鳴らしながら走っていた。

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2006年5月11日

1970年5月11日 チョモランマに日本人初登頂(松浦輝夫・植村直己)

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今日が、チョモランマへの日本人初登頂の日だそうだ。しかも、その一人が植村直己であったことは知らなかった。
この成功が、植村をこれ以後単独登頂に向かわせた理由でもあるらしいから、皮肉なことかもしれない。

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2006年4月25日

JR福知山線脱線事故から1年

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107人の死者と、その数倍の負傷者をだしたJR福知山線の脱線転覆事故から今日で1年が経つ。
マスコミでは、特集番組も多く放送され、肉親を失った遺族を追ったドキュメンタリーもいくつかを見る機会もあった。
「電車」という、誰もが安全と信じ、事故を予想もしない交通機関で、一瞬にして命を裁ち切られた人々と、その家族の無念は、「電車」を利用するすべての人々にとって他人事ではない。

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2006年2月28日

1994年2月28日 愛新覚羅溥傑、死す。(享年86)

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清朝最後の皇帝愛新覚羅溥儀(Puyiプーイー/ふぎ)の1歳年下の弟溥傑(Pujieプーチエ/ふけつ)のことは、年末(だったか)のNHK・ETV特集『わが父 溥傑──ラストエンペラーの弟 波乱の生涯』を観るまで、日本女性と結婚していたことも何も知らなかった。
このドキュメンタリーは、溥傑と妻浩(ヒロ)の間に生まれた二人目の娘が父と母の運命の土地を辿る旅を追ったものだった。
2003年には、竹野内豊が溥傑を演じたドラマも放映されたらしいので、観られた方はご存知であろうが、私は何も知らなかった。

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2005年11月18日

1950年11月18日 国鉄京都駅が焼失。

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焼失したのは1915年に完成した2代目で、完成当時は日本最大級の駅舎だったようだ。
大正天皇の即位行事が京都御所で行われるのに合わせて作られたため、皇室専用の入口や休憩所などもあったという。
焼失の原因は、食堂で使っていたアイロンの不始末が原因らしい。
焼失後に再建された3代目の京都駅はよく知っているのだが、8年前に建て替えられた現在の4代目京都駅ビルには、先月まで行ったことがなかった。

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2005年9月26日

1904年9月26日 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)死す。(享年54)

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ラフカディオ・ハーンが生まれたのはギリシャのイオニア諸島にあるレフカディア島(別名、サンタ・マウラ島)で、彼の名前はこの島に因んでいるらしい。
父親はギリシャ駐留イギリス軍軍医チャールス・ブッシュ・ハーン、母親はローザ・カシマティというギリシャ人女性との間に生まれた。

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2005年9月24日

今日、飯沼二郎さんが亡くなった (享年87)。

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今日の夕刊で、飯沼二郎さんの訃報を知った。
飯沼さんは、京大名誉教授であり、農業経済学者としても有名な方だったらしいが、そういう研究者としての彼にはとんと縁がなく、私にとっては「筋金入り」のキリスト者であり、一人の市民運動家としての彼しか知らない。

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2005年8月19日

1936年8月19日 ロルカ、銃殺される。(享年38)

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スペインで最も有名な詩人・劇作家フェデリコ・ガルシーア・ロルカは、スペイン内戦の最中、ファシストの手で8月19日の未明、銃殺された。
ロルカがなぜ銃殺されなければならなかったのか、いまだに謎の部分も多いようだ。

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2005年7月13日

1871年7月13日 蔵屋敷最後の日

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久し振りに大阪ネタで。
京阪電車の大阪側の終点(この路線はさらに延長されるらしいので、終点ではなくなるのだろうが)「淀屋橋」の駅を降りて地上に出ると、中之島と結んだ淀屋橋の南詰の傍らに、この橋を自費でかけた豪商「淀屋」の屋敷跡に石碑が建っている。
その碑文によると、豊臣秀吉の時代に材木商として財をなし、ただの荒れ地にすぎなかった中之島を開発して、江戸時代「天下の台所」としての中心となった豪商であり、大名に対する金貸しとして並ぶ者のない隆盛を誇ったという。

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2005年6月29日

1869年6月29日 東京・九段坂上に招魂社を造営。後に靖国神社に改称

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件(くだん)の靖国神社がつくられた日らしい。
以前にも触れたが、もともとは 戊辰戦争以来の戦死者を祀るために明治政府がつくったもので、場所を九段坂上に選んだのは軍事的な目論見もあったという。( 2005年5月20日号 )
「A級戦犯合祀」が話題の中心になっているが、もう少し別の(本当は別ではないのだが)側面から靖国神社の問題を考えておこうと思う。

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2005年5月 4日

1919年5月4日 「五四運動」が始まった。──「反日」の背景(3)

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今回の「反日」デモが、しばしば「五四運動」になぞらえられ、今日の記念日に再び大規模な「反日」デモが起きるのではないかと、中国政府が厳戒態勢で臨んでいるのには、当然の訳がある。
86年前の「反日」デモも、北京の学生たちの「反日愛国」運動から各地に広がっていった。
共通点はあまりにも多いと言えそうだ。

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2005年4月30日

1975年4月30日 ベトナム戦争が終結

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南ベトナムの首都サイゴンが陥落し、ドンバンミン大統領が無条件降伏を発表。
30年にわたるベトナム戦争が、30年前の今日終結した。
サイゴンが陥落する時のシーンは、昨日のことのように目に浮かぶ。
脱出用のヘリコプターにわれ先にと群がり乗り込もうとする人々、アメリカ大使館に亡命を求めて押しかける人々、北ベトナムの旗をはためかせた戦車がサイゴンの街を走り、あれは大統領官邸だったか、白い階段を北ベトナムの旗(統一ベトナムの旗と言うべきか)を持った兵士が数人駆け上がり、屋上で歓喜とともに旗を振り回していた。

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2005年3月28日

1940年3月28日 内務省が、ディック・ミネ、ミス・ワカナ、藤原釜足ら16人に芸名変更を指示

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戦時中にこんなことが行われていたことを、初めて知った。
それに、こんな芸能人の名前を知っていること自体が、ある年齢以上の人々だろう。
僕自身、ディック・ミネと藤原釜足は顔も声も思い出せるが、大阪の漫才師らしいがミス・ワカナは知らない。
知らないのも道理で、調べてみると僕が生まれる前に36歳の若さで急死しているではないか。
彼らが、どんな名前に改名させられたのだろう、と調べてみた。

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2005年2月20日

1933年2月20日 小林多喜二、虐殺される(享年29)

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《昭和8年2月20日、寒い曇天の日、小林多喜二は同志に会うために赤坂福吉町のそばや更科庵にはいろうとして、張りこんでいた刑事たちに追われ、逃げながら足袋はだしとなり、来ていたトンビもぬぎすてたが、溜池の電車通りで格闘の末逮捕され、築地署に連行された。(・・・)
彼は築地署の水谷特高主任、警視庁から来た中川特高係長、拷問係の須田巡査部長、山口巡査らに、「きさまがあの小説(引用者注『1928年3月15日』)に書いた通りのことを、思う存分思い知らせてやるぞ」と宣告されて、凄まじい拷問を受け、途中失神した。
留置場で寒さのために意識を回復し、便所にゆこうとしたが歩行不能で、かつがれていった。出た大便も小便も真っ赤であった。拷問による腸や泌尿器の出血のためであった。それから十分ばかりして、彼は絶命した。》(山田風太郎『人間臨終図巻I』より)

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2005年1月31日

1月31日 南ベトナム解放戦線、テト攻勢始まる (1968年)

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1月31日未明(1月30日夜という資料もあった)、南ベトナム解放民族戦線と北ベトナム人民軍は、旧正月テトのこの日、南ベトナム全土への一斉攻撃を開始した。
1968年という年は、世界的にも大きな変革のうねりが渦巻いた年だったが、ベトナム戦争にとって最大の転機となった年でもあった。

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2005年1月17日

阪神・淡路大震災10年目

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「震災の本を見るたび 母が泣く 妹の名が載る 死者の一覧」

この短歌は、震災から1年目、1996年1月15日『朝日新聞』「天声人語」で紹介されていた、当時高校一年生の加藤いつかさんの作品である。
なぜそんなに詳しく憶えているかというと、その頃勤務していた中学校の「学年だより」でこの短歌を紹介した僕の文章が、今手元にあるからだ。

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2005年1月13日

2000年1月13日 丸木俊さん、亡くなる。享年87。

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今日は丸木俊さんの命日だと知って、丸木美術館を訪ねた時のことを思い出した。
夫の丸木位里さんが亡くなって間もない頃(1995年11月)だったから、ちょうど10年前になる。
勤続20年(だったか?)の「ご褒美」で、「特別休暇」を4日間(ケチでしょ?)もらったので、土日をはさんで(T-T) の数日間、東京方面を一人旅した。

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2004年10月20日

Today 10月20日 米軍がフィリピン・レイテ島への上陸作戦を開始 (1944年)

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日本軍9万人、米軍4000人の死者を出し、太平洋戦争でもっとも過酷な戦場となったレイテ島の戦闘は、10月20日アメリカ軍の上陸で始まった。
その日から、日本軍が壊滅するまでの5ヶ月間を大岡昇平は『レイテ戦記』に書いた。
「あとがき」で大岡は、こう書いている。

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2004年10月 5日

Today 10月5日 ピノチェト政権が失脚(1988年)

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15年間軍事独裁を続けたチリのピノチェト政権が1988年のこの日、終わった。
アジェンデ社会主義政権をクーデターで潰したピノチェト政権のことは、G.ガルシア=マルケス『戒厳令下チリ潜入記─ある映画監督の冒険─』(岩波新書/1986年)で読んで初めて知った。
ヨーロッパに亡命していた映画監督ミゲル・リティンが、どうしても祖国の現状を自分の目で見たい、という気持ちから、知人が見ても本人とは気づかないほどに変身・変装して(見つかれば、逮捕・投獄も免れない)、サンチアゴに降り立つ。

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2004年8月31日

高橋和巳、生まれる(1931年)

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高橋和巳は、大阪市浪速区貝柄町(現戎本町)に生まれた。
《家業は、鋲や蝶番を作っていた。三歳の時、ほん隣の西成区東四条に移る。中学は府立今宮、入った翌年三月、第一回の大阪大空襲を受け、裸同然で焼け出された。高橋ら中学生は、校内に転がる異常に重たい死体を集めては焼いたという。それから彼は家族と共に母の里、香川県に疎開した。》(和多田勝『大阪三六五日事典』)

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2004年8月24日

浮島丸事件(1945年)

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日本の敗戦の日から9日目の1945年8月24日、午後5時20分頃、京都府舞鶴市佐波賀沖で、浮島丸(4730トン)が突然爆発・沈没し、乗員・乗客579人(政府発表)が犠牲となった。
この事件は謎が多く、未だに真相が明らかにはなっていない

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2004年8月15日

59回目の敗戦記念日に。

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今日は、59回目の敗戦記念日。(こういう日こそ祝日にすべきだと思うが、今年は日曜日)NHKでもここ数日、びっくりするような特別番組を放送している。
そのいつくかを観た。

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