2008年1月14日

被災から半年後、はじめての住民説明会──東京電力柏崎刈羽原発

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2007年7月16日に起きた「新潟県中越沖地震」から半年。
被災した東京電力柏崎刈羽原発がある柏崎市で、経済産業省の原子力安全・保安院が12日、地震後初めてとなる説明会を開いた。
地震から半年も経ってから開かれた説明会には、住民約300人が参加したという。
短いニュースで見ただけだが、住民が激昂して詰め寄っているという雰囲気ではなく、静かにお願いをしているという感じだった。
そのあたりも、原発立地の複雑な事情が反映しているのだろうか、という感想を持った。

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2007年9月26日

NHK「東海村臨界事故」取材班『朽ちていった命──被曝治療 83日間の記録』

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この本を たまたま書店で手にしていなければ、この事件のことは思い出すこともなかったかもしれない。まだ8年ほど前のことだというのに、すっかり忘れてしまっていた。
世界でも例のない衝撃的なこの事件が起きたのは、1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料加工施設「JCO東海事業所」だった。
信じられないほど杜撰な作業工程が原因で臨界事故が起き、作業員の大内久(35歳)と篠原理人(39歳)が被曝した。
二人が被曝しただけでなく、臨界状態はその後も継続し、まったくコントロールのきかない「裸の原子炉」が19時間40分もの間中性子線を出し続けた。東海村は事故現場から350メートルの範囲の住民に避難を要請し、茨城県も半径10キロメートル県内の住民約31万人に屋内退避を勧告する事態へと発展した。

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2007年7月18日

東京電力・柏崎刈羽原子力発電所の「事故」

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7月16日午前10時過ぎに起きた「新潟県中越沖地震」についての報道は続き、倒壊した家屋や避難所での不自由な生活をこれでもかというほど流し続けている。
だが「報道された事実」の裏に、「報道されなかった事実」が隠されているのではないか、という疑いは残念ながら昨今のマスコミに対して拭うことができない。
東電は、変圧器の火災のあと、空気中にも「微量の放射能」が排気されたと追加し、放射能の分量も「計算間違い」で少なく発表してしまったと訂正している。
ちょうどうまい具合に「計算間違い」が起こるところなども、東電らしいではないか。

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2006年8月30日

ハリケーン「カトリーナ」から1年

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8月29日は、ハリケーン「カトリーナ」が上陸してからちょうど1年目に当たる。
被災から1年目のニューオーリンズの状況を、いくつかのテレビ局が取材報道していて、多くの方がご覧になっただろうが、愕然とするような光景だった。
キャスターも言っていたが、「被災直後」の光景なのか、「1年後」の光景なのか、まるで見分けがつかない。
要するに、「被災直後」の状態が、「1年後」の現在も「そのまま」続いている、ということだ。

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2006年4月26日

チェルノブイリ原発事故20年

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人類史上例のない甚大な被害をもたらし、現在も被害者を出し続けている原発事故から、今日で20年が経つ。
各テレビ局でも、それぞれの取材を通して、事故から20年後のチェルノブイリを報道している。
「石棺」と呼ばれるコンクリート詰めにされた4号炉も、20年の歳月で痛みがひどく、崩壊の危険すら懸念されているらしく、現在の「石棺」全体を覆うための更に巨大なドームが計画されているという。

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2006年1月17日

天野彰『地震から生き延びることは愛──家族を守る「家づくり」「リフォーム」「防災術」』

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今日は、11年目の「1月17日」である。
一瞬にして6434人という死者の数は、現代文明社会の中で、とんでもない数字である。
震災後に、震災に関連したさまざまな原因で亡くなられた方々も含めれば、震災による死者の数もさらに多くなるだろう。
あの日の衝撃の余波(震度5)を体験した都市の住民としては、やはり恐怖感がよみがえる日付である。

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2005年3月 6日

田村康二『「震度7」を生き抜く──被災地医師が得た教訓』

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著者は、1964年の新潟地震(震度7.5)を29歳の時に、そして2004年の新潟中越大地震(震度7)を70歳で経験した内科医である。
震度7以上の大地震を2度も経験した人は、そう多くあるまい。
そして、医者という立場から、大変に説得力のある一冊である。

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2004年11月19日

「景虎」は残った。

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今日11月19日(夕刊)『朝日新聞』の「被災地から」というシリーズの冒頭に、
《「景虎」は残った。》
という書き出しの一文が目にとまった。
《新潟県栃尾市北荷頃(きたにごろ)。創業150年の諸橋酒造も被災した。》
想像はしていたものの、やっぱりそうだったのか、と改めて知った。

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2004年10月29日

可能なら被災地を一刻も早く脱出してはどうか。

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新潟県中越地震の被災地のニュースが連日報道されている。
今分かっているだけで三十数名の方の死亡、避難生活をしている人々は10万人と伝えられている。
もし自分たちが被災したらどうするだろう、というのがツレアイとの最近の話題である。

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