2008年1月22日

釈徹宗live講演『宗教聖典を乱読する──(6)仏教とは』

Lecture03

連続講座『宗教聖典を乱読する』全6回の最終回は、いよいよ仏教である。
これまでの宗教に比べれば、いくぶんかは身近には思うが、それでも基本的なことがらをあまり詳しく知らなかったな、と改めて思った。
そして、仏教が持つ今日的な意味についても、改めて考えさせられた。

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2007年11月14日

釈徹宗live講演『宗教聖典を乱読する──(5)イスラームとは』

Lecture03_2

連続講座の最後の2回分を遅ればせながら。
遅くなってしまったのは、当日いただいたレジュメを紛失してしまったせいで、そこに書いた自分のメモもなく、諦めかけていたのだが、思いがけないところから発見された次第。
今回は第5回のイスラム教をめぐる「聖典乱読」である。

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2007年8月 9日

釈徹宗live講演『宗教聖典を乱読する──(4)キリスト教とは』

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浄土真宗の僧侶からキリスト教入門の講義を聴くというのも、なかなか得難い経験であり、実に面白い。
これまで3回の「ヒンドゥー教」「神道」「ユダヤ教」に比べれば、多少は知っているはずの「キリスト教」についても、初めて知ることが少なくなかった。
私にとって特に興味深かったいくつかの点と、釈さんが毎回紹介して下さる(少しマニアックな、しかし面白いこと疑いなしの)映画の話もいくつか紹介しておくことにしよう。

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2007年7月19日

釈徹宗live講演『宗教聖典を乱読する──(3)ユダヤ教聖典を読む』

Lecture03_4

6月8日、朝カル報告。 (遅ればせながら…)
現代人は、3人のユダヤ人の影響から逃れることはできない。その3人とは、フロイトとマルクスとアインシュタインである──という話から始まった。
地球上の全人口を合わせてもおよそ1500万人(東京都の人口よりも少し多いくらい)のユダヤ民族が、1900年ものあいだ国を持つことがなかったにもかかわらず「民族」としてのアイデンティティを失うことがなかったのは、「ユダヤ教」という宗教の力によるという。

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2007年6月14日

釈徹宗live講演『宗教聖典を乱読する──(2)神道の書物を読む』

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5月11日朝カル講座第2回の報告。
第1回目は「ヒンドゥー教」の聖典を紹介してもらったが、第2回目は「神道」の聖典である。
一般的な宗教学者ならともかく、浄土真宗本願寺派如来寺住職である釈さんが他の宗教に対してこれだけの関心と学識をお持ちであることにいつも敬服する。
その逆の場合、例えばユダヤ教のラビが仏教聖典にも関心を持っているとか、イスラム教の聖職者が神道の聖典を研究しているとか、そんなことはほとんど想像することができない。

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2007年4月22日

釈徹宗live講演『宗教聖典を乱読する──(1)宗教のメカニズムを考える』

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朝カル3回シリーズの第1回(4月13日)報告である。
この日は温家宝中国首相が来阪しているとかで、会場の朝日ビルの周辺には制服警官が溢れ、ものものしい雰囲気だった。
釈講師も、いつもなら10分で着くところが1時間もかかったとのこと。
釈さんのお顔を拝見するのも、お声を聴くのも、興福寺観仏ツアー以来である。

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